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東京高等裁判所 昭和51年(ラ)421号 決定

抗告人 玉造漁業協同組合

右代表者理事 関口憲一

右代理人弁護士 武藤英男

相手方  谷善次郎

〈ほか五名〉

右相手方ら代理人弁護士 葉山岳夫

同 長谷川幸雄

同 田村公一

同 菅原克也

同 稲山恵久

同 小原健

主文

原決定中、別紙証拠目録13、14、同三、同四に記載の文書につき提出を命じた部分を取消し、右文書につき相手方らの申立を却下する。

抗告人のその余の抗告を棄却する。

理由

一  抗告人は相手方らから抗告人に対する水戸地方裁判所麻生支部昭和五一年(モ)第五〇号証拠保全申立事件についてなされた文書提出命令に対し抗告を申立て「原決定を取消す相手方らからした本件証拠保全申立はこれを却下する。」との裁判を求めた。

原審は相手方らの右証拠保全の申立を認容し昭和五一年五月一九日証拠保全決定として抗告人は当該決定送達の日から七日以内に別紙目録記載の文書(以下本件文書ないし本件目録の文書という。)を原審裁判所に提出しなければならない旨抗告人に右文書の提出を命じた。

抗告人は右文書の提出命令を不服として本件抗告を申立てたのであるがその抗告理由の要旨は次の(一)ないし(六)のとおりである。

(一)  相手方らの本件証拠保全の申立には、抗告人が本件目録の各文書につき、いかなる法律上の提出義務を負うかが記載されておらず、申立の理由に記載されている具体的事実からもこれを推認することができないから、本件申立自体不適法である。

(二)  相手方らの本件証拠保全の申立は、相手方らにおいて漁業権喪失による補償金ないし損害賠償を請求する訴訟(本案訴訟)を提起するものならば、本案訴訟の請求原因となるべき事実として最少限度、(い)相手方らが従来どのような種類の漁業権ないし行使権を有していたか、(ろ)抗告人組合の昭和四五年三月二六日の臨時総会で漁業権放棄決議がなされた当時相手方らがどのような規模の漁業を営んでいたか、(は)その漁業によって得ていた利益及び得べかりし利益、(に)その他漁業権放棄によってどのような損害を蒙ったか、(ほ)抗告人から補償を求めることが不可能となったのか、(へ)抗告人理事の行為によりどれだけの損害を蒙ったと主張するのか等の具体的事実を主張しなければならないのに、これを主張していない。したがって、

1  民訴法三四五条一項三号に規定する「証すべき事実」(立証事項)つまり本案訴訟において主張すべき請求原因のうち証拠保全によってどのような事実を証明しようとするのが明らかでなく、本件証拠保全の申立自体不適法である。

2  本件証拠保全の申立にかかる文書は、立証事項との関係で証拠としての必要性、関連性、あるいは証拠価値の可能性が認められないから、証すべき事実もしくは証拠としての不必要なことが明白な場合として、右申立は却下されるべきである。

(三)1  民訴法三一二条二号によって文書提出義務を負う場合の「引渡又は閲覧の請求権」とは私法上のものを指し、公法上のものはこれに該当しない。水産業協同組合の一つである抗告人は、その目的において耕地整理組合と同様公共的目的を有する公共組合(公法人)であるから、水産業協同組合法四二条、四三条に定める閲覧請求権はいずれも公法上のものであり民訴法三一二条二号にあたらない。したがって抗告人は、証拠保全手続によっても右組合法の各規定によって定められている書類(本件目録二1ないし6の文書は右組合法四二条、同7ないし12の文書は同法四三条の書類にあたる)について、文書提出義務を負うものではない。

2  本件目録一、二の13、14、三以下の各文書は、いずれもいわゆる内部文書であって、抗告人に提出義務がない。

3  本件目録二7ないし12の文書は、前記組合法四三条の趣旨により、抗告人において通常総会までの一週間の期間のみ備付閲覧させる義務があるのであって、引渡・提出義務まで負担するものではない。以上の点で、原決定は違法である。

(四)  相手方らは、抗告人理事が漁業補償金三億六八〇〇万円を費消したと主張しているが、この点については水戸地方検察庁がすでに公平な徹底的捜査をしたうえ昭和五〇年一二月二七日不起訴処分にしていることに徴し、右主張は無暴な虚言である。附言すれば、抗告人は現在反対派漁業補償分として相当な金額を留保して保管中であり、相手方らは従来これらの補償金の受領を拒否しているにすぎない。

(五)  本件証拠保全の申立には「予め証拠調を為すに非されは其証拠を使用するに困難なる事情」が認められない。すなわち、抗告人は公共組合として組合関係の書類を完全に保管し、滅失ないし変造の危険などないよう細心の注意が払われている。抗告人理事関口憲一が昭和四六年五月頃重要書類を持出し焼却したとの相手方ら主張の事実は全く存在しない。相手方ら主張の滅失ないし変造の危険なるものは、抽象的主観的な危険に過ぎず、客観的な危険とも言えず、まして高度の蓋然性を有するというようなものではない。

(六)  本件証拠保全の申立は、証拠保全の制度の目的を逸脱した他の目的のためになされたものであることが明らかであるから、申立権の濫用として却下されるべきである。すなわち、相手方らは茨城県知事が昭和四六年二月二二日付告示でした利根川水系一級河川霞ヶ浦公有水面埋立承認処分に対し高浜入干拓反対同盟による反対運動として「玉造町漁業協同組合総会決議無効確認の訴、漁業権確認の訴」、「公有水面埋立承認処分無効確認の訴」を提起したり、「公務執行妨害被告事件」を惹起したりして一連の政治的社会的運動を展開しているが、その反対闘争を有利にしようとするため、さきに前記被告事件においてなされた被疑者関口憲一、同羽生誠に対する被疑事件の押収品目録の提出命令が検察官の抗告により東京高等裁判所によって取消されたので、これに代るものとして本件証拠保全決定を得てこれから何らかの手がかりを得ることにより、更に反対闘争の拡大強化を図ろうとするものであり、したがって本件証拠保全の申立は、戦略的な法的手段獲得のため捜索調査をする目的でされたことが明白であり、証拠保全手続の濫用として違法なものである。

≪証拠関係省略≫

二  当裁判所の判断

(一)  抗告理由(二)について

抗告人は、相手方らの証拠保全の申立は「証すべき事実」が明らかでなく、申立にかかる各文書が証拠として不必要なことが明白であると主張するが、相手方らの申立には、本案訴訟を提起する場合の請求を特定する具体的事実及びそのうち本件申立にかかる証拠によって如何なる事実を証明しようとするかということが、最少限度簡明かつ具体的に記載されているし、また証拠価値や証拠の重要性は本来証拠保全手続において審査されるべき事項でないうえ、本件当事者双方から提出の各疏明に徴しても、申立にかかる各文書が本案訴訟上全く不必要なことが明白であるとは到底言い難い。

したがって、右の点で、本件申立に所論の不適法な点は無く、また原決定に違法もない。

(二)  抗告理由(四)について

抗告人は、本件相手方らが本案訴訟を提起したとしてもその請求権が実体法上認められないと主張するもののようであるが、証拠保全事件においては、その申立をした者の本案における権利主張が理由があるかどうかは、これを審査すべきものでないから、この点に関する抗告人主張の事実の有無を問うまでもなく、右主張は、それ自体適法な抗告理由たり得るものでない。

(三)  抗告理由(五)について

≪証拠省略≫によれば、相手方らが証拠保全の申立において主張の「予め証拠調を為すに非されは其証拠を使用するに困難なる事情」が、客観的具体的事情として疏明されるから、この点に関する抗告人の主張も採用できない。

(四)  抗告理由(六)について

本件証拠保全の申立における「証すべき事実」が、最少限度必要な程度に簡明に記載されていることは前述のとおりであるが、それをあまり詳細に記載すべきことを要求すると、却って証拠保全の制度を設けた趣旨を没却するに至るから、右「証すべき事実」が簡明であるからといって、それだけで右申立が捜索調査の目的に出たと断ずることはできないし、そのほか抗告人提出の乙号各証の全疏明資料を審査しても、相手方ら提出の疏甲各号証に徴すれば、いまだ本件証拠保全の申立が、右の如く捜索調査の目的のための権利濫用の申立であると認めることはできない。

(五)  抗告理由(一)及び(三)について

文書提出命令を文書の所持者に対して求めるには、その所持者が法律上提出義務を負う場合に限られるから、文書提出命令の申立をなして書証の申出をするには、その申立において「文書提出の義務の原因」が明らかにされていることが必要であるが、それは必らずしも根拠法令や条文そのものなどいわゆる法律的専門的用語を用いなければならないことを意味するものではなく、法律上の提出義務が文書それ自体から推知できる場合はもとより「証すべき事実」や証拠保全の事由についての具体的事実の記載等他の記載要件からこれを判断することができれば、それをもって足るとしなければならない。ところで、

(1)  本件目録一の文書は、相手方らの証拠保全申立書記載の事実及び文書自体の性質ならびに≪証拠省略≫によれば、次のとおりの文書であると認められる。

すなわち、右文書は、相手方ら主張の漁業権消滅による補償金を抗告人が国及び茨城県から受領し、これを所属組合員に配分する際に抗告人組合の理事によってその業務執行上作成された文書であること、各組合員は従来の漁業権の行使権者として右補償金を受領すべき権利があるから、抗告人理事は、善良な管理者の注意義務をもって業務を執行すべき職責上、右補償金の配分支払については昭和三七年六月閣議決定の「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」等右補償金支給の趣旨に則り公平適正にこれを執り行なうべきであり、その適正を欠けば必然的に組合員中に不利益を蒙る者が生ずる可能性のある関係にあり、したがって右文書は単に抗告人の自己使用のための内部文書ではなく、補償金の配分という業務執行が公正な手続と判断の上に形成されるべきことを表示し、かつ各組合員毎の支払額が密接な関連性をもって総合的に記載されるところの文書であるから、直接抗告人と相手方ら各人との間の個別的具体的な法律関係そのものを記載した文書ではないが、その具体的法律関係の前提ないし形成過程を表示した文書であって後日の証となるべき文書でもあると認められるので、これをもって民訴法三一二条三号後段の文書であると謂うを妨げないと解せられる。

(2)  本件目録二1ないし6の文書は、水産業協同組合法(以下水協法と略称する)四二条により、同7ないし12の文書は同法四三条により本件相手方ら組合員の閲覧権のある文書であるから、民訴法三一二条二号後段の文書であることが明らかである。

抗告人は、抗告人が公法人であり、右水協法四二条四三条の書類閲覧権も公法上の権利であるから民訴法三一二条の適用がないと主張するが、右主張は抗告人独自の見解にすぎず、採用のかぎりでない。

また、抗告人は、右四三条の閲覧権は通常総会が終了した後には消滅する旨主張するが、同条は理事に対し通常総会の会日の一週間前迄に同条所定の文書を備え置くべきことをとくに規定しているだけであって、組合員固有の共益権である書類閲覧権を抗告人主張の如く限定的に解釈しなければならないいわれはない。

(3)  本件目録六の文書は、抗告人組合の臨時総会の決議の成立に関する法律文書であり、同決議が適法に成立すれば、それは組合員全員を拘束する合同法律行為であるから、その総会で補償金受給権発生の前提となる漁業権放棄決議がなされたとすれば、その意味で目録六の文書は本件相手方ら組合員の利益のためにも作成された文書であるということができるので、民訴法三一二条三項前段後段の文書に該当する。

目録五の文書も民訴法三一二条三項前段ないし後段に該当する文書と認められる。

(4)  本件目録二1314の文書は、もしも作成者が商人であれば商業帳簿にあたるものであり、同三の文書はその附属書類に該当する。したがって民事紛争が経済的活動者の会計処理に端を発しているような場合には、これら会計帳簿類は、争いの基礎を明確にするものとして通常他の証拠資料に比して優るとも劣らない証拠価値を有する極めて有用なものであることは、多言を要しないところであり、訴訟の実際では、これらが証拠資料として任意提出されることは極めて望ましいことであろう。

しかし、水産業協同組合たる抗告人が、右文書を提出すべき義務があるかどうかは別個の問題であるから、これを検討すると、かつて昭和二三年に廃止された産業組合法は「商人に関する規定」を産業組合にも準用すると規定し、その準用規定の中には商業帳簿に関する規定も含まれると解されていたのであるが、同法廃止後現行の各種協同組合の諸法が制定されるや、右の如き一般的規定はなくなり、会計帳簿に関する規定の仕方も各種協同組合毎にその性質に応じて内容を異にするに至り、例えば中小企業等協同組合法による協同組合は、構成員が商工業等の事業を行なう者であるために他の協同組合に比べると商法上の商人に近い性格を有するためか、同法四〇条の二において所属組合員に会計帳簿類の閲覧謄写権を認めているが、他の協同組合法例えば水協法においてはかかる規定を欠いており、しかも中小企業等協同組合法の定めている右閲覧権等も、その権利が無制限に認められているのではなく、総組合員の一〇分の一以上の同意を得た場合にのみ認められる旨定められている。このような現行法の規定の仕方にのっとって解釈すると、本件抗告人の如く水協法に基いて設立された漁業協同組合は、商人でなくまた営利事業を目的とするものでもないので、商法三五条の準用ないし類推適用はなく、結局組合員から組合に対する一般的な会計帳簿閲覧権は法律上認められていないといわなければならない。したがって漁業協同組合の組合員としては、理事者の業務執行や会計を検査したいときは、水協法一二三条により監督行政庁による業務検査、会計検査を請求し、それによって実施される検査に期待するほかはない。

したがって、本件目録二1314、同三の各文書については、文書所持者にその提出義務が認められない。また、同四の文書についても提出義務を認めるべき根拠が見あたらない。

したがって、右各文書につき相手方らの申立を容れて文書の提出を命じた原決定は相当でなく、よって右文書に限り原決定を取消し、相手方らの申立を却下しなければならない。

(5)  本件目録七の文書は、直接挙証者と文書所持者間の法律関係を記載した文書でなく、文書の性質も公文書と認められるが、前述のように水協法一二三条の検査請求権は、組合員自身による業務会計検査権の認められないことのいわば代償の機能を果たすものであり、しかもその請求による検査がなされた結果行政庁の措置命令が文書によって組合に通知された場合には、その文書は、組合員の右請求権行使に対応する文書であるとみることができるから、その文書は少なくとも検査請求をした組合員の利益のために作成された文書であって、民訴法三一二条三号前段の文書であるということができる。そして、≪証拠省略≫によれば、本件証拠保全を申立てた相手方らは茨城県知事に対し右検査請求をした組合員であると認められるから、右文書につきなされた申立及びこれを容れた原決定に違法はない。

(六)  結論

以上のとおり、相手方らの本件証拠保全の申立は、本件目録二1314、同三、同四の文書を除いては、すべて理由があり正当であり、これを認容した原決定も相当であるが、右除外した文書については申立に理由が認められないのでこれを認容した原決定を取消して申立を却下するものとし、本件抗告はこの限度でのみ理由があるが、その余は棄却を免れない。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 舘忠彦 安井章)

〈以下省略〉

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